CAPE
SPECIAL
INTERVIEW

Vol. 1

2004.10

褥瘡をつくらないために
皮膚科医が語る高齢者の皮膚と褥瘡予防

村木良一先生

医療法人キリスト会 わたひきクリニック 副院長 皮膚科医

※所属・役職等はインタビュー当時のものです。

高齢者の皮膚は、弾力が減り、抵抗力も弱くなっています。

私達の皮膚は、ケラチンというタンパクを主体とする角層およびその下の石垣状に重なり合った細胞集団よりなる表皮、線維組織を多く含み弾力性に富む真皮、脂肪組織が主体でクッションの役割を果たす皮下組織の3つの部分から成り立っています。皮膚の主な働きとしては、圧迫などの物理的外力に対しては真皮や皮下脂肪がクッションの役割を果たし、角層のケラチンや皮膚の表面にある脂肪の膜(皮脂膜)が摩擦やずれ、圧迫を防御します。また、ケラチンや皮脂膜は体内の水分の喪失を防ぐとともに、化学物質や微生物、水分の体内への侵入を防ぎます。

しかし、年齢と共に、皮膚にも老化現象が起こります。皮膚では皮膚表面の脂肪や水分を保ついろいろな物質が減少し、皮膚表面の水分が保てなくなり、皮膚は乾燥し、かさかさした状態になります。さらに、真皮の細胞や線維、皮下脂肪も減少し、皮膚の弾力性が低下し、皮膚の張りが無くなり、しわも増えてきます。このため圧迫や摩擦・ずれなどの物理的刺激に対する抵抗力が低下します。同時に化学的刺激や微生物の侵入に対する抵抗力の低下などもみられます。また、何年もの長い期間、紫外線に当たっていると、真皮の弾性繊維・膠原繊維が部分的に壊れ、皮膚の弾力性・伸張性も低下します。

寝たきりの方の皮膚は、トラブルがおきやすい状態です。

このように、健康であっても加齢に伴い皮膚は恒常性を保つ能力が低下するのですから、寝たきりの高齢者においては、常に褥瘡発生の可能性があると考えた方がよいでしょう。

では、なぜ、どのような要因で褥瘡が発生しやすくなるのでしょうか。まず、高齢になると、皮膚がもろくなっていること。そして、寝たきりになると筋肉が萎縮し、長い間体を動かさないと関節が変型して固まります。さらに運動しないので血流が流れにくくなり、感染に対する抵抗力も低下します。このような状態の中で、皮膚の局所に対して圧迫が加わることで、褥瘡が発生しやすくなるのです。

褥瘡対策の第一歩は、皮膚を清潔に保つこと。

スキンケアの目的は清潔の保持、皮膚の保護、皮膚機能の低下を補うことにあります。なんといっても基本は清潔な状態を保つこと。褥瘡の有無にかかわらず、激しい感染症のないかぎり入浴やシャワー浴を行ってください。血行の改善にも有効ですから積極的に入浴することをお勧めします。シャワーキャリーを利用した家庭内での入浴に加え、巡回入浴車やデイサービスなどを利用するなど、できるだけ入浴の機会を増やしましょう。

入浴の際、湯の温度はあまり熱すぎないようにし、せっけんは脱脂力の弱いものを選んでください。また、手浴、足浴などの部分的な入浴も末梢循環の改善に有効ですから、全身の入浴が難しい場合は、部分浴を行ってください。部分浴もできないときには、清拭や陰部洗浄を行います。
清拭をするときには、せっけんの使用を最小限にとどめ、皮脂が過度に失われないように気をつけましょう。そして、終了後は必ず乾いたタオルで湿気を拭き取るようにしてください。

清潔の保持とともに重要なのが、皮膚の保湿と保護です。従って、失われた水分の補給と油脂分塗布も大切。入浴や清拭後に、からだをよく拭いてからスキンローションや保湿剤をすり込み、失われた水分を補います。肛門周囲、骨の突出した部分をはじめ、褥瘡がある場合にはその周囲などへ白色ワセリンを塗ることで、湿潤の防止、おむつ交換時などに発生する摩擦やずれの回避ができます。

清潔を保つという点では、失禁対策も重要です。湿り気や尿・便の化学的刺激により、肛門周辺の皮膚はふやけ、ちょっとしたことで赤くなったり、ただれたりし、特に下痢便や水様便のときには皮膚の障害も激しくなります。おむつを使用している場合にはなるべく頻繁に交換を行い、陰部、臀部洗浄にはせっけんを使用してきれいに流し、清拭時には皮膚清拭剤などをもちいます。また、下痢や軟便が続き、ただれがひどい場合は、医師の処方によりステロイド剤等のつけぐすりを使用します。

寝返りが打てない場合は、エアマットの使用が効果的。

スキンケアとともに大切なことは、局所にかかる圧力を最小限にすることです。身体の一部分に強い圧力が長時間加わると、皮膚や皮下脂肪などの組織を押しつぶしてしまう事が、褥瘡発生の大きな要因です。病院では長時間の圧迫を避けるため2時間ごとの体位変換を原則として行いますが、家庭では介護者の負担が大きく、特に夜間などは困難な場合が多いと思います。その様な場合には、エアマットやクッションなど、圧力を分散させる除圧用具を上手に使うことを考えましょう。身体の一部分にどのぐらい圧力がかかっているかを知るには骨の突出した部分とマットとの間に手を入れてみると、圧迫力の強さを肌で感じる事が出来ます。また、圧力を簡単に測定できる用具もありますので、正確な数値を知ることも可能です。

エアマットによる体圧の分散は、骨突出部に圧力がかかりやすい寝たきりの高齢者には必要な除圧用具と言えるでしょう。エアマットをはじめとする褥瘡予防用具は、ご利用者の状態に応じて使い分けることが大切ですから、医師などと相談して最適なものを選択するようにしたいですね。

在宅の褥瘡ケアは、専門家に相談しながら。

以上、皮膚科医としての視点から、褥瘡予防のためのスキンケア、除圧の大切さについてお話しましたがそれだけに注意が集中しないようにして下さい。褥瘡のケアについては全身的には栄養の管理に気を配る事がとても大切です。経口摂取が可能な場合には、高タンパクや高カロリーといった点に配慮し、食べやすいメニューを心がけましょう。どうしても経口摂取できない場合は、鼻や口から管を通して、あるいは胃ろうを作って胃に直接栄養を補給する方法がありますので、医師に相談してください。大切なのは、褥瘡をなおすことだけに集中するのでなく、トータルケアの一部として考えることです。

また、家庭での褥瘡ケアは、さまざまな専門家に相談しながら行うのが基本です。医師や看護師、ケアマネージャーなどはもちろん、例えばエアマットを導入するときにはケアマネージャーの方と一緒にエアマットのメーカーの方の話を直接聞いてみるのもいいでしょう。それぞれの専門家の意見を聞き、精神的・肉体的疲労を軽減させるためにも外部の力を借りることが大切です。

私たちは、1995年から褥瘡に関わるいろいろな職種の方が集まって月に一回、褥瘡に関する勉強会(褥瘡ケア研究会)を開いています。この会には医師、訪問看護師、病院や老健施設に勤務する看護師、理学療法士、ケアマネージャーなど医療従事者をはじめ、介護用品メーカーや薬品メーカーの方も参加し、それぞれの視点から意見を交換し合っています。時には実際、家庭で介護に当たっている方も参加していただいています。地域での褥瘡のケアには、介護に直接関わっている方を含め、さまざまな立場の人々が意見を出し合い、励まし合いながら取り組んでいく事がとても大切だと思っています。