CAPE
SPECIAL
INTERVIEW
Vol. 4
2006.4
がん末期患者さんのケアと
在宅療養に向けた退院時の支援
松原 康美さん
北里大学東病院 看護部 ETナース WOC看護認定看護師、がん看護専門看護師
※所属・役職等はインタビュー当時のものです。
よりよいケアのためにET/WOC、がん看護専門看護師の資格を取得。
私が勤務する北里大学東病院では消化器疾患治療センターがあり、ストーマ(手術によって便や尿を排泄するために腹壁に造設された排泄孔)をお持ちの患者さんは多く入院しています。
当初、私はストーマケアの技術や知識をほとんどもっておらず、装具からの便漏れを繰り返し、ひどいスキントラブルに痛み苦しんでいる患者さんを前に、何をどうしたらよいのかわかりませんでした。患者さんがこんなに辛い思いをしているのに何もできない自分が悔しく、看護師として今まで何をやってきたのかと情けなく思いました。丁度そのころ、聖路加国際病院にETスクールがあることを知り、「よし、ここで学ぼう」と思ったのです。その後、日本看護協会でもWOC(創傷・オストミー・失禁)看護に関する認定看護師の育成がはじまり、その認定も受けました。
がん看護専門看護師になったのは、WOC看護認定看護師としての活動の中で、がん患者さんとの出会いが多かったこともありますが、一番のきっかけは、自分の父親を胃がんで亡くしたことです。進行の早いスキルスがんで発見されたときは、すでに余命3ヵ月と宣告されました。それを聞いた時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。真っ暗なマンホールの中に一人落とされてまわりが何も見えない、病院の外にでても涙がとめどもなくでてきて、「なぜ?どうして?」という気持ちでいっぱいでした。その後、看護師ではなく、がん患者の娘として様々なことを考えました。腹水がたまり苦しんでいるときには何とか苦痛を取り除いてあげたい、できることなら代わってあげたいとさえ思いました。症状は急速に進行し、がんと診断されてから4ヵ月で他界しました。そして、父が亡くなった後、がんの患者さんや家族の気持ちが身にしみてわかるようになったと同時に、今まで日常の表面的なケアに追われ、患者さんの本当の気持ちを理解していなかったのではないかということに気付きました。このような自分の体験から、がんで困難な状況に直面している方々の力になりたいと思い、がん看護専門看護師になろうと決意しました。勤務を続けながら2年間大学院で学び、その後1年間実践での経験を積んだ後、日本看護協会で試験を受けて資格を取得してがん看護専門看護師となりました。
褥瘡へのさまざまな取り組みで、院内の褥瘡保有者数がゼロに。
現在、「スキンケア外来」という専門外来で患者さんやご家族への直接的ケアや相談にあたり、入院中の患者さんには、病棟スタッフと協力しながらケアを行っています。また、病棟スタッフからスキンケアだけではなく、精神的なケアや日常生活に関する相談を受けることもあります。最近ではスキンケアに関心をもち積極的に取り組む看護師が増えてきました。とくに、院内ではスキンケアに関心のある有志の看護師からなる「WOC看護研究会」という看護チームがあります。このチームは、各病棟の褥瘡リンクナースの役割も兼ねており、毎月会議を行い、褥瘡に関する情報交換や対策、スキンケアセミナーの運営を行っています。このような活動の中、つい先日、院内の褥瘡保有者数がゼロになりました。これは褥瘡対策チームとWOC看護研究会のメンバーが核となり、組織的な取り組みによって達成できた成果だと感じました。
また、がん看護専門看護師としては、他2名の専門看護師と協力しながら、病棟や外来の患者さんの相談や看護師・医師からの相談などを行っています。とくに、これまでのWOC看護認定看護師としての知識や経験を活かしながら、患者さんの状態をいろいろな視点から把握し、幅広く情報が提供できるように心がけています。
がん末期の患者さんの褥瘡ケアは、緩和ケアを優先に。
がん末期の患者さんのケアをする際は、第一に緩和ケアを考え、症状コントロールと安楽な生活環境を整えることを意識しています。患者さんと家族が、残り少ない日々をその人らしく、大切に過ごせるような環境を整えることも看護師の重要な役割のひとつです。また、一日のほとんどの時間をベッド上で過ごす患者さんにとって、褥瘡の予防も重要なケアです。痛みや呼吸苦で同一体位をとり続けたり、浮腫や知覚の低下など褥瘡の発生リスクは高く、予防が難しいケースも多いと思います。しかし、できる限り痛みや症状をコントロールし、体位変換や自力での動きをサポートすることも必要です。症状が上手にコントロールできれば、自力で寝返りが打てたり、少しの介助でベッドサイドに座れるようになった患者さんもいます。このようなことも褥瘡の予防にもつながると思います。
また、体圧分散式マットレスについては、患者さんの状況をみながら選択したり調整することが大切です。自力で体位変換ができない場合には、圧切替式エアマットレスが望ましいといわれていますが、骨転移による痛みや腰痛のある患者にとっては柔らかすぎたり、浮遊感があり寝心地がよくないということもあるかもしれません。このような場合は圧設定をやや高めに設定して少し硬めにしたり、体圧分散効果の高いウレタンマットレスに変更するなど、褥瘡予防だけではなく、寝心地や安全性にも気を配ることが大切です。また、どうしても体位を変換できない場合には、様々な形状や素材のクッションやピローを活用して使用して患者の体位を支持します。お尻の下に小さなクッションを浅めに入れてみるなどして患者さんの楽な姿勢を知り、調整することが大切だと思います。がんの末期だから仕方がない、痛みがあるから何もしない、褥瘡になったら治らないと決めつけてはよくないと思います。また、褥瘡ができた場合でも治すことだけにとらわれず、それぞれの患者さんの苦痛を考慮して、医療チームで適切な栄養管理、輸液管理、症状コントロールなどを行っていくことが大切です。
患者さんの希望を大切に、そして可能性を信じること
その他に、私が基本的に心がけていることのひとつは、患者さんの希望を大切にすることです。たとえば「娘の結婚式に出たい」、「春になったらお花見に行きたい」など、患者さんにとっての目前の希望や目標をできるだけ実現できるように医療チームでサポートしていくように努めています。また、患者さん自身がやろうとしていることに手を出し過ぎないことも大切だと思います。がんの症状が進んでくると、自分が今まで不自由なく行ってきたことが自力でできなくなり、歩行、座位、排泄、食事、体位の変換などにも介助が必要になってきます。しかし、できる限りのことは自分で行いたいと思っている患者さんも多いと思います。例えばすぐ目の前にあるコップの水を飲みたいとき、人に頼んで飲ませてもらうより、自分で飲んだ方がいいし、トイレに歩いて行きたい、尿の管は入れたくない患者さんには、安全性を考えてサポートしていくことも大切だと思います。
そして、ふたつ目は、患者さんの可能性を信じることです。がんといわれた時や再発や転移などを知ったときなどは、ひどく落ち込む方もいます。しかし、時間の経過の中で、周囲からの言葉に励まされたり、前向きな気持ちになり希望をもつことができれば、どんなに辛く困難な状況に陥っていても、その状況から脱することができることもあります。また、自分ががんになったことで、今まで気付かなかったことが見えてきたり、周りの人たちの優しさに気づき、感謝する患者さんもいます。そのような患者さんの姿を見ていると人間の可能性や素晴らしさを感じます。ですから患者さんに話しかけるときに、「痛くないですか?大丈夫ですか?」というより、「今日は何をしましたか?気分はどうですか?」と尋ね、何気ない日常の雑談を大切にしています。そんな会話から、患者さんから人としていろいろなことを教えていただくことがあります。
他の疾病とは異なる、がん末期の患者さんの褥瘡対策。
がん末期の患者さんは、他の疾病の患者さんに比べて褥瘡の発生率は若干高く、入院中はステージⅠ~Ⅱの浅い褥瘡が多く見受けられます。褥瘡が生じやすい主な理由としては、低栄養や貧血、出血傾向など全身状態の悪化に加え、高度の骨突出や浮腫、免疫機能の低下、過去に受けた抗がん剤や放射線治療などの影響などがあります。また、胸水や腹水の貯留、呼吸苦があるとできるだけ安楽な呼吸を維持するために常にギャッジアップをしていたり、痛みのために同一体位をとり続けることがあります。さらに、モルヒネなどの鎮痛剤の使用により、知覚が低下して痛みを感じにくくなっていることがあげられます。
がん末期の患者さんの中には、一見やせてみえても腹水がたまったりして体重が増えたり、活動性や可動性は日によってむらがあるので、BMI(body mass indexの略。肥満の指標)やブレーデンスケール(褥瘡発生リスク評価のために使うチェック表)が参考にならないケースも多いので注意が必要です。
また、病気の進行に伴い、浮腫や黄疸がみられ、皮膚は薄く脆弱になってバリア機能が低下してきますので、皮膚の観察と保護はとくに重要です。褥瘡が発生すると、褥瘡の痛みや処置による苦痛がまたひとつ増えてしまうわけですから、その苦痛を増やさないという意味でも褥瘡の予防ケアはとても大切です。
退院時や一時帰宅時には、家族の方を含めたサポートを。
がん末期の患者さんは、入院していれば苦しいとき痛いときに、すぐ対処してもらえるので自宅より安心という方もいらっしゃいますが、多くの方が心の奥では家に帰りたいと思っているのではないでしょうか。思っていても、家族に迷惑がかかるのではないかと心配して、遠慮して口には出さない方もいます。ですから、私は患者さんの本当の気持ちを確かめ、家に帰りたいという方にはできる限りサポートしていきたいと思っています。その時に、大切なのは「退院後は主に誰が患者さんのケアをするのか」という点です。退院時には歩くことや食べることができても、病状が進行してきて自分でできなくなったときに、家族のだれが、食事、排泄などの介助をするのか考えておかなければなりません。患者さん、家族とともに話し合いながら準備していくことが大切です。さらに家族の方々の身体的、精神的ケアも重要です。介護でストレスがたまったときや、どう対処してよいか分からないときに、いつでも気軽に相談できる場所や人が必要だと思います。とくに、外来で褥瘡のケアについて患者さんや家族の相談を受けながら、退院時の情報提供の必要性を痛感しています。褥瘡はどうして発生するのか、どうしたらよくなるのか、体圧分散式マットレスは何がよいのかなど、知らない方も少なくありません。そのため、褥瘡の発生リスクが高いと予測される方には退院前からある程度の情報を提供しておくことも大切だと思います。
今後は、外来看護や訪問看護での患者さんへのサポートケアが重要になってくると思います。病院と診療所、訪問看護ステーションなどと情報交換しながら連携して患者さんや家族のサポートを進めていきたいと思います。
介護保険の改定で、がん患者さんにも数々のメリットが。
2006年4月から40~64歳のがん末期患者さんが介護保険の対象となります。がん末期患者さんで、自宅療養を希望する人は少なくないですからとてもよいことだと思います。
「末期」かどうかの判断は、医師が「治癒困難・不可能」と診断した場合とするそうですが、生きることに希望を持って生活している中でいきなり「あなたは末期です」と言われた場合、どのような気持ちでしょうか?インフォームドコンセントの方法やタイミング、精神的サポートも大切だと思います。
とはいえ、体圧分散式マットレス(介護保険においては床ずれ防止用具)などの福祉用具が1割負担で借りられるといったメリットは、積極的に利用すべきだと思います。これまでは、がんの患者さんは、治療などに多額の費用がかかるので、福祉用具が必要でも経済的負担を考えると躊躇していたケースもありました。
4月からは、介護保険法が改定され、ヘルパーや訪問看護などの人的なサービスも保険が適用され在宅療養されるがん患者さんも増えることが予想されます。訪問看護や介護に携わる皆様とも連携を深め、患者さんの生活の質が向上するよう協力していきたいと思います。
身体的な介助だけでなく、患者さんと苦悩や喜びを共感するために。
思い出はたくさんありますが、褥瘡に関連することで忘れられないことがあります。数年前に男性患者の方の仙骨部にできた褥瘡が、以前の状態よりよくなってきていたので、写真に撮ってお見せしました。すると自分の携帯電話を出して、奥さんに写真をメールで送りたいからこれで撮影してほしいと言われました。奥さんにメールして、一緒に喜ばれたようです。がん患者の方々にとってどんなに小さなことでも、回復する、よくなるということは嬉しいことなんですね。私には忘れられない出来事です。
また、最近のことですが、余命数日と宣告された患者さんのお部屋に伺ったところ、その患者さんは、集まっていた自分の家族を私に紹介してくれました。呼吸が苦しくて息もたえだえなのにもかかわらず、「これは、僕の妻、そして、娘。今度結婚するんです」などと一人ひとり丁寧に紹介してくれました。本当に嬉しかったです。その晩に亡くなられたのですが、その患者さんからは、がんになって生きていくこと、がんと向き合いながら生きる力強さなどいろいろなことを教えていただきました。
今後、私はWOC看護とがん看護の分野に共通するサブスペシャリティとして、大腸がんの患者さんのリハビリテーションと、ターミナル期のがん患者さんのスキンケアを充実させていきたいと思います。そのためには、経験を積みながら知識を深めていくことが必要です。私が看護師の仕事の中で大切にしていることは、身体的なケアばかりにとらわれるのではなく、患者さんがどのような状況にあっても、ゆっくりとそばに寄り添いながら、共に考えたり、心を通わせて苦悩や喜びを共感することです。
がん末期については、平成18年4月より介護保険第2号被保険者の対象として定められる特定疾患に追加されることとなり、介護保険によるサービスの利用が可能となりました。
特定疾病:
がん末期/関節リウマチ/筋萎縮性側索硬化症/後縦靭帯骨化症/骨折を伴う骨粗鬆症/初老期における認知症/パーキンソン病関連疾患/脊髄小脳変性症/脊柱管狭窄症/早老症/多系統萎縮症/糖尿病性神経障害、糖尿病性腎症及び糖尿病性網膜症/脳血管疾患/閉塞性動脈硬化症/慢性閉塞性肺疾患/両側の膝関節又は股関節に著しい変形を伴う変形性関節症
注)介護保険法においては、体圧分散式マットレスは「床ずれ防止用具」の名称で福祉用具貸与に定められる12種目の一つとして挙げられています。