CAPE
SPECIAL
INTERVIEW

Vol. 10

2011.5

訪問看護ステーションにおける災害対策、その取り組みと課題

原 奈美子さん(写真左)

JA静岡厚生連 リハビリテーション中伊豆温泉病院 居宅介護支援事業所 所長

後藤 惠子さん(写真右)

JA静岡厚生連 訪問看護ステーションなかいず 訪問看護師

※所属・役職等はインタビュー当時のものです。

いつ起こるかわからない自然災害

静岡県は、東海地震や富士山の噴火といった自然災害がいつ起こるかわからないと言われている地域です。ですから、災害対策のことは気になってはいたのですが、つい日々の多忙な業務に流されて意識がうすれてしまっていました。そんななか、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病で人工呼吸器をつけた利用者様に関わることになりました。ふと頭をよぎったのは「電気が止まったら、この方はどうなるのだろう?」ということでした。ほぼ同時期に、静岡県看護協会が主催する災害支援ボランティアナースの研修を受ける機会を得ました。通常おこなっている救急医療と違い、助かる命から助けるという災害医療を勉強していくうちに災害の悲惨さや恐ろしさを実感し、ステーション内や居宅での災害対策というものを真剣に考えるきっかけになったのです。

災害に備えて、まず電源の確保を

では、具体的にどうしたらいいのか。初めての取り組みに試行錯誤の状態からではありましたが、災害時に自宅での療養環境を維持するにはどうしたらよいかを考えました。特に、停電時の対策は重要な課題です。というのも、人工呼吸器、HOT(在宅酸素療法)の酸素供給装置、吸引器など、医療依存度の高い療養者様ほど医療機器を使用していることが多く、それらはその方にとって生命の維持にかかわるものです。また、介護ベッドやエアマット、移動手段としてのリフターなどの福祉機器も、作動させるには電気が必要不可欠であり、その供給をどのように維持するのかは重要な問題なのです。

そこで、まずおこなったのは電力会社へ医療機器を使用中である利用者様宅の情報を提供し、いざというときに優先して対応してもらえるように依頼することでした。また、発電機、外部バッテリー、車から電気を引くためのインバーターを購入していただき、電源の確保をおこないました。さらに、介護保険でレンタルするエアマットは医療機器に電気の使用が優先されることを考え、停電しても1週間ほど底づきしない災害対策機能(電源が落ちたと同時に電磁弁が機能し、べースマットのエア抜けを防止)のあるエアマスターネクサス に交換していただきました。また、足踏み式吸引器を購入したり、停電時の対応マニュアルを作成するなど、電気が止まっても最低限の安全を確保できるように準備をすすめました。

利用者様と介護者様への指導も

それでも、利用者様の療養環境はまちまちで、必ずしも災害時の安全が確保されているとは言い切れません。ベッド周りにタンスがあったり、落下しやすいものが置いてあったりする場合も多いのです。過去の地震災害事例では、落下物や転倒してきた家具などによる圧死が死因として多く報告されています。そこで、訪問した際には、ベッド周りの安全確保を指導しています。落下物を防止するだけでなく、救助の妨げとならないように足元や床面を整頓することもお願いしています。また、希望される場合には、防災ベッドや耐震シェルターなどのご紹介もしています。

もうひとつ指導していることは、薬や医療機器に関する知識を持っていただくことです。災害時は、薬が手に入りにくくなることも想定されます。ですから、多少のストックを持つこともそうですが、毎日飲んでいるものが何の薬でどのような名前かを療養者様や介護者様がきちんと覚えておくことが、緊急時には必要になるのではないかと思います。また、医療機器の外部バッテリーや酸素ボンベがどのくらいの時間もつのかといった確認も大切なことではないかと思います。

もちろん、療養者様は歩くことができない場合も多く、避難する際には周囲との連携は欠かせません。まさに遠くの親戚より近くの他人ですから、民生委員を知ってもらったり、日頃からご近所の方と連携していただくように指導しています。

災害対策は周囲との連携が大切

電源の確保や訪問時の指導などをおこない個人的な準備を整えても、地震など地域全体を巻き込む災害では、対策はとうてい不十分です。地域との連携なくしては、多くの命を救うことはできません。そこで呼びかけたのが、伊豆市ケアマネ連絡協議会でのネットワークづくりです。災害時対応の啓蒙をおこない、多くのケアマネージャーに同じ知識と認識を持ってもらえるよう取り組んでいます。また、災害ボランティアとしての研修にも積極的に参加し、災害というものを別角度からとらえるための機会としています。

しかし、中にはうまくいかなかった取り組みもあります。民生委員や市と要援護者のネットワークづくりをはじめたのですが、個人情報が壁になり断念することになりました。現在は地域防災計画の一環として、市の社会福祉課で災害弱者の登録を受け付けているので、その紹介をさせていただき、登録については利用者様やご家族の判断におまかせしています。

まず、自分たちの命を守ること

試行錯誤のなかでさまざまな取り組みを形にしてきましたが、ある日、リハビリテーション中伊豆温泉病院の恩田医師よりBCP(事業継続計画)(注1)についてのお話を伺いました。その計画は、利用者様の災害対策の充実を第一に考えていた私たちにとってとても新鮮でした。そこで、災害時でも、ステーションが事業を中断させることなく、サービスを提供し続けて行くにはどうしたらいいのかを考えたとき、まず「自分たちの命を守る」という答えにたどり着きました。自分たちの命を守ることができてこそ、利用者様の救護に関わることができるのですから。

早速取り組んだのが、事業所の耐震状況の確認や災害時の持ち出し品の確保、災害時のマニュアルの改善などでした。事業所の窓には、ガラスの飛散防止をかねてブラインドを設置。ひとりひとりにヘルメットや救助要請用の笛などを準備し、対応マニュアルを配布しました。

(注1) BCP(business continuity plan;事業継続計画):企業が災害などの緊急事態に遭遇した場合、損害を最小限にとどめ、事業の継続あるいは早期復旧を可能にするために、必要な対応策などを取り決めておくこと。

ステーション内の教育と連携

ハード面ばかりでなく、教育というソフト面の充実にも心を配っています。4月と10月の年2回、災害時の対応のための勉強会を開催し、スタッフの災害対応への意識付けを徹底させています。勉強会ではクロスロードゲームという災害対応のカードゲームを用いて、過去に発生した事例にもとづいて災害をイメージしながら各自がどのような行動をとるか、皆で意見交換することで状況予測能力や状況判断能力、意志決定能力といった個人個人のリスク対応能力を養っています。
また、事業所内に災害マップをつくり、掲示することで、どこに利用者様がいらっしゃるか、どこにスタッフが訪問しているかをひと目でわかるようにしています。

このマップは、崖崩れなどの災害が起きた場所から利用者様やスタッフの位置関係が把握でき、救助ルートの確認などにも役立ってくれると思います。

M6クラスの地震に直面して

2009年8月11日の早朝、静岡県はM6クラスの地震に襲われました。一瞬、脳裏に最悪な状況がよぎりました。そんな状況のなか、市役所への連絡、独居の方の安否の確認、ご家族への連絡などをスムーズにおこなうことができましたし、スタッフの中には災害伝言ダイヤルを利用して事業所のメンバーと連絡を取ろうとする人もいて、今までの取り組みが少しずつ実を結んでいるのではないかと感じています。幸い大きな被害はありませんでしたが、きちんとした対応をとるためには、日頃の準備がいかに大切なのかということを教えてくれた一日でした。

今後の課題としては、個人情報の管理が挙げられます。利用者様の個人情報はパソコンデータとしてテープ保管しておくため、毎日必ずバックアップをおこなっていますが、災害時の持ち出しなどを考えると保管場所や方法を検討しなければなりません。先ほども触れましたが、災害対応には私たちスタッフはもちろんのこと、ご近所の方の協力が不可欠です。利用者様やご家族は病気のことを周囲に知られたくないと思われる方もいらっしゃいますが、ご近所の方に「もしもの時は、お願いします」のひと言をかけておくことが、一番身近な災害対策なのかもしれませんね。

事業所内での災害対策への整備は十分とはいえないかもしれませんが、いつ起きてもきちんとした対応が取れるよう、今後もこの気持ちを常に継続し利用者様のサポートに努めていきたいと思います。

静岡厚生連 訪問看護ステーションなかいず

リハビリテーション中伊豆温泉病院の一部門として活動する訪問看護ステーション。訪問看護の活動のほか、居宅介護支援事業所も併設しケアプランの作成や訪問リハビリの活動を通じて、地域の皆様に快適な療養環境のもと安心して生活できるようにさまざまなサポートをおこなっている。