CAPE
SPECIAL
INTERVIEW

Vol. 9

2008.12

適切なポジショニングで、動きを支援する環境へ

伊藤亮子さん

理学療法士

※所属・役職等はインタビュー当時のものです。

コンパクトガイド

今起きていることの見直しを

帰国後、介助者へのサポートとして、実際に同行訪問し、一緒にポジショニングの検討や見直しを行ったり、講習という形でポジショニングに関しての提案をさせていただく機会が増え、ポジショニングということについて、深く関わるようになってきました。その時にまずお話しするのが、介護度が高い方ほど、周りの介助者の関わりが大きく影響するということです。ポジショニングが必要な方は、高齢者、成人、子どもを問わず、身体のどこかの部分を自分で動かすことが難しく、そのためにさまざまな活動を自分だけで行うことが難しい方です。そして、活動の制限が多い方ほど、サポートが必要な時間は長くなります。ですから、適切でないポジショニングを行っていると、効果が出ないばかりでなく、逆に褥瘡や拘縮の原因になってしまうことさえもあるのかもしれません。 新たにポジショニングについて検討または導入しようと思う場合、或いは、今行っているポジショニングで効果がうまく出ないという場合は、今起きていることを見直す必要があります。1日のうちでどんな姿勢を取っているときが多いのか、一週間ではどうか、それぞれの姿勢が、今起きている問題にどのように影響しているかを十分に把握することが必要です。

例えば、座っている時間が長いことで何か問題が生じているようであれば、その姿勢で過ごす時間を少なくして、今起きている問題に対してよりプラスに作用する別の姿勢を多くとるように考えることも有効でしょう。或いは、同じ姿勢を長時間取り続けるのではなく、途中で別の姿勢をとるようにすることで、1日を通してその姿勢をとるトータルの時間を変えないようにしながら、その姿勢をとり続けることでのマイナス影響を少なくすることができると思います。
今の姿勢や機能は、ご本人の持つ身体的能力だけではなく、これまでの長い時間どんな姿勢を取ってきたか、どのような関わりを私達が提供してきたかの結果といえる部分も大きいわけですから、それを改善するためには、今までのやり方を見直し、マイナス要因をプラスに変えていくことが重要なのです。

よい姿勢はひとつではない

ポジショニングが褥瘡や拘縮の予防や改善に有効であることはわかっていても、なぜ有効なのか、何がどのように影響しているのかがよくわからない、ということが多くあるようです。快適や安楽な姿勢で過ごしてもらいたいと考えていても、実際に行ってみると、今提供しているものが快適なのかどうか、今起きている問題に対して有効に作用しているのかどうか、具体的に捉えどのように判断したらよいのかという基準を、それぞれがはっきりと持てていないこともあります。

起こしやすい間違いとして、車椅子上などで、まっすぐ正面を向いているのが良い姿勢だと見た目だけで判断してしまうことがあります。骨盤がずれた状態なのに上体だけを正面に向けてしまいがちで、サポートしたつもりが、療養者に苦痛を与えているかもしれません。また、何をするときもまっすぐな姿勢を保ち続けることがいいわけではありません。ものを食べたり飲んだりするときには、私達も体を少し前に倒した姿勢を取りますし、療養者の方にも同じように食べやすい姿勢をサポートすることが必要なのです。このように、目的に適した姿勢というのがあり、良い姿勢というのはひとつではありません。姿勢の影響を理解し、さまざまな姿勢をサポートすることで、療養者ご本人の持っている身体機能を活かし、血流や呼吸、消化などの調整機能をも促進していくことが、ポジショニングの目的なのです。

ポジショニングの基本はバランスを取ること

身体は頭、胸郭、骨盤、両腕、両足、という7つの大きな部位に分けられます。

そして、仰臥位ならすべての部位が水平に並び、面に接している状態であり、座位なら頭、胸郭、骨盤が垂直に並んでいる状態といえます。このように、姿勢によって重さのかかり方が異なりますが、それを筋肉によってバランスをとり、姿勢を保つことが、私達人間の本来持っている大切な機能です。

病気の方や高齢者は、筋肉が十分に機能しないことが多く、バランスを取り姿勢を保つことに筋力を使いすぎると、他の動作ができなくなります。重さを動かす筋肉がうまく機能しない状態で、重力が長時間かかり続けることで、褥瘡や拘縮のリスクも高くなります。身体が動かせないと、身体部位の位置をはっきりと認識することが難しくなり、身体のイメージがあいまいな状態では、より身体は動かしづらくなります。また、姿勢が不安定で筋肉が働き続け、筋緊張が高まると、血液やリンパの流れが悪くなることもあります。この身体の重さをどこかの支持面に預けさせ、バランスを取る能力をサポートするのがポジショニングの考え方の一つです。バランスを取ることから解放されれば、もてる筋力を身体の各部位を動かすことに使えるようになります。

重力×時間をプラスに使う

重力が同じように長くかかり続けることで、変形や拘縮が進みやすい状況を作ります。重力×時間の弊害を減らすために、少なくとも2時間ごとの体位変換が推奨されています。しかし、重力が変形や拘縮を助長したのであれば、逆に重力を使って、改善に向かわせることも可能ではないでしょうか。例を挙げると、側臥位は胸郭、骨盤、片腕、片足で身体を支えています。そして、重力は上側の手足を床面に向かって閉じるように、下側の手足を床面に向かって開くように働きます。ですから、両足が閉じてしまい、おむつ交換などが大変になっているような場合であれば、下側の足に対しては、重力は足を開いていく方向に働き有効なので、サポートは最小限にとどめます。そして、上側の足には重力が閉じていく方向に働かないように十分なサポートを提供する必要があるのです。

仰臥位は、身体のすべての部位が床面に接しており、身体の前面から背中側に重力を受けている状態です。そこで、上からの重力を利用して、膝の拘縮などをのばすようにポジショニングすることも可能です。

必要に応じたピローの選択

実際のポジショニングでは、専用のピローやクッションを用います。毛布やバスタオルで代用することもあるようですが、長時間使用する場合や、十分にポジショニングの効果を得たい場合は、やはり専用の機器を使ってもらいたいと思います。

では、どのようなピローやクッションを選べばよいのでしょうか。ピローやクッションは、素材と用途によって大きく2つに分けられます。ひとつは、ウレタンやビーズなど、身体の形状にフィットして広い面をサポートするものです。接触面が多いと皮膚への刺激が多いので、力を抜くことを目的にする場合に使用します。ただし、接触面が多いということは、汗をかきやすくなりますので、通気性に優れたものや洗浄できるものを選ばれるとよいでしょう。また、動きを妨げる傾向があるため、身体の部位が大きく動くことでバランスが取りにくくなっているような場合に、大きすぎる動きを止めて、バランスを取りやすくするのに使用します。

もうひとつは、少し硬めでしっかり感がある素材を用いたもので、姿勢を支持するために使用します。やわらかすぎる素材のものは、身体がどこまでも沈み込んでいくような感覚があり、療養者の方に不安定感を与えてしまうので、適度なしっかり感が必要なのです。この用途にぴったりのピローやクッションは、今まで日本にはなかったのですが、ドイツ生まれのロンボメッドという素材のものが輸入され、選択肢が広がりましたね。

ポジショニングはingです

最後に、私が考えるポジショニングについてお話ししたいと思います。ポジショニングという言葉には現在進行形のingが含まれています。私達は24時間、絶えず姿勢を取り続けています。どのように体位を変えたかが、その時だけではなく、その後の時間にも影響し続けていきます。導入の初めにはできる限り、15分や30分でも痛みや発赤がないかを確認するようにしましょう。1日のうちの短い時間からはじめて、療養者への影響を十分に把握しながら、ゆっくりと確実に改善する過程を助ける、これがingの考え方です。

ただ、ポジショニングは万能ではありません。褥瘡であれば、姿勢の影響だけでなく、皮膚や栄養状態の影響も考えられますので、ポジショニングを行っただけで治癒するとは限りません。まず、問題点を十分に把握すること、そして他のアプローチを含めた総合的な治療計画が必要です。とはいえ、ポジショニングは機能促進に大きな影響を与えるものですので、ぜひ、実践しながら、具体的に判断する力を高め、ひとりでも多くの療養者のために実行してほしいと思います。

体圧分散寝具の安定感も必要な環境の一つです

臀部が過度に落ち込む姿勢となる安定感のない体圧分散寝具は、適切なポジショニングを行っても、臀部に重みが集中してしまうことで、ピローに下肢などの重みを十分に伝えることが難しくなります。臀部の落ち込みが少ない安定感のある体圧分散寝具の使用は、ポジショニングを実行する際の環境を整えるうえでも、とても大切なことです。